健康法の錯覚5(終)

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病気というのは、生きているからこそ病気をするのです。

 

生きている力の証として病気があるのです。

 

ですから活気が盛んなら自然になくなってしまうし、それを通過したあとは丈夫になる。

 

 

活元運動をやると一時風邪を引きやすくなる。

 

また一年前の打ち身、三年前の打ち身、五年前の打ち身など、古い異常が順々に出てくる。

 

病気になっても早く簡単に経過して、あとは丈夫になるのです。

 

活元運動を始めて半年ぐらいの間はそういう古い異常が出てきたり風邪を引きやすくなるが、風邪を引いたと言っても一時間か二時間で経過する。

 

風邪を宵越しするということはないというように、体がだんだん変わってきます。

 

 

人間は白いお米を食べて赤い血にしたり、黄色い大便にしたりする。

 

何故そんなことができるのかは、誰も知らないのです。できたから、できたという結論でしか答えられない。

 

 

子供ができるということも、また不思議です。

 

女の人は家事の片手間に人間一人を丸ごと作ってしまうというように、人間の無意識の中にはそういう働きがあるのです。

 

だから、自分の体も、自分で必要な栄養を集めて自分で体を造ってきたのです。

 

そういう力を持って産まれてきているのです。

 

 

だからいろいろな体の異常も、自分の力で治して初めて治ったと言えるのです。

 

それを”何とかして頂戴”と言うだけで、自分は何の努力もしない。

 

それを健康法に寄り掛かり、薬に寄り掛かり、医者に寄り掛かる。

 

病気になった時こそ自らの力を本当に発揮すべき時なのに、寄り掛かっている。

 

 

もっと自分の力で自分自身が丈夫になることを真剣に考えなくてはいけないのです。

昭和49年1月 野口晴哉より